目の前には暗闇しか用意されていなかった。
神という観念をおぼろげながらにも理解していた彼は、その暗闇の中にその存在を見た、不条理なそれ。彼の周りにはいつも嘗めるような炎と濃密な埃とつんざ くような悲鳴が転がっていて、その中にいくばくかの快楽がぬらついた腕の腋下の底に揺らめいていた。そういった、一種の禁忌は年端もいかぬ少年の横をさり げなく通り過ぎていくものだったが、彼の場合は違った。
少女じみた丸い瞳がそうさせたのかも、均等の取れた鼻梁がそうさせたのかも、徹底的に口をきこうとしないその意思がさせたのかもしれない。 少年生来の身体能力は高く、周りの少年たちが闇雲にマシンガンを乱発させる間にその優れた動体視力はその表情を盗み見、耳は殺せと少年に命じた上官が、ラ イフルを撃ちながら目を血走らせて股間に手を突っ込んで荒く息を吐くのを聞いた。少年はそこから世界の輪郭がどういったものかを感じ、そしてそれらの本当 の意味を理解するより早くそれは訪れた。
赤い月がぽかりと浮かぶ夜は、羽虫が狂うのと同じく全ての生物がどこか我を忘れて陽気だった。 近隣の村から掻っ攫ってきた酒と、果物の果汁を唇の横から滴らせ、男が少年の名を呼んだ。
「シュガー、おいで」
勝利に沸き、振る舞われた麻薬にぼんやりと放心していた少年は、ふらふらと立ち上がって男の隣に倒れ込んだ。 上機嫌に唇を吊り上げた男は、「しっかりしろよ」と自分の吸っていたものを少年の顔に押し当てた。乱れた呼吸を通って、下っ端の少年兵に振る舞われるもの なんかよりもっと上質で、濃度の高い不埒な快楽の渦が脳に届く。あまりの刺激に少年の大きな双眸はこぼれんばかりに見開かれ、ちいさな紅葉が震えて男の手 に爪を立てた。
「…は……ぁ…」
「気持ちいいだろう?」
髪の間に指を挟み、甘えるように馴染むその感覚を楽しむ。男は、自分の体内で雄の欲望が頭を擡げるのを悟った。
それからの男の動きは早かった。
意識が飛んでいる少年の服を乱暴に引張る。 自分が与えた服だった。そう、この少年を育てたのはこの男なのだ。彼が少年を拾った。飯を与えた。ボロキレを脱がせ、服を与えた。銃を与えた。なにも判ら ない様子でぽかんと呆ける顔に張り手をして目隠しをした。頬の痛みにしゃくりあげる少年を叱責して引き金を引かせたのだ。 その中に少年を産んだ親がいるのを男は知っていた。そのことを少年は知らない。 ただ、自分が手に入れた力に呆然とその大きな眸を瞬かせた。その眸がじんわりと暗く濁った色になっていくのを男はただ見つめて、笑った。
「お前は、いい子だな」
「…あ…あ」
「いい子だ」
差し入れた手をゆるりと動かしてねっとりとした声を耳元に吹きかける。 少年の眸に一瞬、反抗的な光が宿ってやがて消える。まるで成長しきっていない上肢は固くベルトに閉ざされた下肢と相反してひどく無防備だった。 発芽する前の筋肉組織を覆う皮膚は無垢でありながら緻密さをもって、男の欲を御し難く煽る。肉を眼前にぶらさげられた獣がする行動は、学者がなんと言おう とも一つである。慣性に従った男の口がやわらかい鎖骨を食んだ。舌でねぶれば、少年の全身は得体の知れない感触に粟立つ。
「…や、…ぃ、やだ……」
ただ開いていただけの口から、母音以外の明瞭な意思が毀れた。しかしその声はもはやどうしようもなく震え、男の耳もそこから匂い立つ快楽の色香を聞き分け た。恥じらう、という行為すら知らない少年を犯すことに男は夢中になった。わざと不安を煽るように金属を擦り合わせて派手な音を立てた。 男が先日抱いた売女はこんなことをすればきゃあきゃあとわざとらしく騒ぎはじめるが、従順であることを強要され続けた少年は、半分意識のない眸を空ろに開 いて本能的な恐怖に涙を浮かべている。あまりに透明。
「かわいそうに」
なぁ?と頭を撫でてやれば、涙を含んだ鏡がゆるりと瞬く。子どもに飴を与えるように小さな唇に芋虫のような指を突っ込む。かき回して女の膣を思わせる柔ら かな感触に浸ってから、外気に晒され震える下肢に手を伸ばした。細く柔らかい新芽の腿を下からなで上げ、幼い性を包み込んだ。男はうっとりと目を閉じた。 これから、未だ精通も知らない少年を犯し、オーガズムを与えるのだ。その圧倒的な倒錯に男は支配された。
かわいそうといった口で、指で汚した少年の唇を舐めとる。包み込んだ性器を揉みこめば、男の乾いた唇は乱れた少年の吐息を感じることが出来た。
いやだ、いやだと繰り返す少年の声は、醜悪な臭いを放つ口腔に飲み込まれ、性器を包み込んでいた手はいつの間にか自らの前を寛げて少年の膝を抱える。有り 得ないほどに怒張したものが、なんの準備も知らない少年の後孔にねじ込まれた。掠れた悲鳴は、狂ったような笑い声に掻き消える。 さわるな、と少年が叫んだ。
身体が二つに引き裂かれるように、何度も男の楔が行き来する。ほとんど見えない視界の中で、男の血走った目が赤い月と重なるの を少年は見つける。程なくして掛け声のような滑稽な声を発して男が腐臭をその無垢な器に注ぎ込んだ。
体内に注ぐ奇妙な熱をもったそれの正体すら彼は知らな い。やがてぽっかりと空いた身体の隙間から赤と白がどろりと内腿に流れ出し、吐き気が襲う。
自分を見下ろす七つの月に、「触るな」と少年が呟く。

伸びてくる五指を伴った触手が空中を蠢いて、これが世界の容なのだと、嗤った。












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