ブー、と間の抜けたブザーが響いた、と思った瞬間沈む夕日を 早送りしたように電燈が消える。
わずかな沈黙の後、ざわ、と空気が騒いで動揺した気配を見せ、その空気の中に身を投じていた刹那は小さく舌打ちをした。 そもそも、任務の一環とは言え、こんなものに乗りたくなかったのだ、と刹那は毒づく。 彼はエレベーターという密室が嫌いだ。まず、大勢の人間が寿司詰めになるところが気に入らない。だのにこの施設―AEUの対外技術公開施設には非常時以外 階段は解錠されておらず、受付の女は「安全性は保障されております」の一言で刹那を一蹴した。技術に驕った人間はイカロスの翼を折られるというのに。
「参ったなぁ」
不機嫌に眉を顰めていた刹那の横で、金髪の男が溜息を吐いた。 声の大きさ、というよりもなにか本能的に惹き付けられるような声音に、周囲の視線がその男に集まる。 男は「停電ですかね」とその集まった視線に問いかけ、周りは「はぁ」とか「ふん」などと冴えない返事を返した。良く見てみればこのエレベーターの中に乗る 者は運の悪いことに隣の男を除けば中年の男ばかりだった。刹那の視界が絶望にぐるりと回る。他人との触れ合いは言わずもがな、人間の放つ体臭は彼にとって 最も嫌悪するべきものの一つなのであった。
「…大丈夫かい?」
「!」
ふいに耳元に先程の声が届いて刹那は肩を揺らした。こめかみに脂汗が浮かぶ。
「具合が悪そうだ」
横目で見れば、本当に心配そうな表情で覗き込む眸を見つけ、刹那はたじろぐ。どこかその親しさはロックオンに似ている。
「…平気だ」
「そうかい?しかし小さいのに君はMSに興味があるのかな。それともお父さんがパイロットとか?」
口を利いた途端に質問攻めにされ、今度こそ刹那は困惑する。 こんなに馴れ馴れしい男は、一人しか知らない。馴れ馴れしさまでそっくりなのか。そう思ってから刹那は小さく頭を振った。いちいちロックオンと比べる自分 に嫌気が差した。男はいらへを返さない刹那に苛つく様子もなく、ゆるく笑んで首元を指でなぞる。
「息、苦しくないかい?」
なんのことだと思えば、確かに首に巻いた赤の布は体温を高めるもので邪魔だった。軍の上司でもない者の言いなりになるのも癪だったが、息苦しさには抗えず に手を差し入れて首元を緩めた。開いた首の皮膚が外気に触れ、ふと視線を感じて見上げればまだ男がこちらを見ている。
「…なんだ」
「質問に、答えてもらっていない」
上手く誤魔化せたと思ったが違ったようで、その面倒に刹那は脱力する。肩を竦めて見せる様子はいかにも遊び人といった風体で刹那は好きになれない。しかし ここで何も答えなければこの息苦しい空間の中で男の視線にずっと晒され続けるのだろうことを考えれば、さっさと答えて具合の悪いふりでもして黙ってしまえ ばいい、と刹那は口を開いた。
「勉強だ」
「勉強?そう言えば今日は平日だけど、君、学校はどこだい?」
「…高校の、工学部」
「高校生?君が?」
くす、と笑われ刹那は男を睨みつけた。その笑いの中には刹那が虚勢を張っているとの勝手な解釈が垣間見えた。幼く見られることがほとんどなので慣れはした が、不快な事には変わりない。眼を伏せ、視線を落として男を視界から外す。これ以上の係わり合いは刹那にとって有益ではない。
「ごめんごめん。まさか高校生とはね」
まるで信じていない様子に不快感が募るが刹那は敢えて無視を決め込んだ。そんなことよりそのねっとりとした眼で見つめるのを止めてくれ、と刹那は心の中で 依頼するのだがそれが相手に届く事はない。 早くここから解放されたい。一人きりのコクピットの中に行きたかった。憮然と睨みつけてもぴくりとも扉は動かない。
「君、恨むならガンダムを恨めよ」
突然の言葉に刹那は「…は?」と声を洩らして男を見返す。反応してしまった事に一瞬後悔するがガンダムという単語が刹那の感心を引寄せた。 相変わらず視線は刹那から動かない。
「この間、ガンダムがAEUのMSを襲っただろう?そのときに重要なシステムのいくつかがイカれたって話なのさ。この停電もシステムのバグだろう。見栄を 張るからこうなる」
ごほん、と大きな咳払いに男の声は途切れた。ここにいるのは一般客ばかりではないのだ。しかし逆に、今の様子からするとその話は本当のようだ。そして同時 にこのいけ好かない男がAEU以外に所属する軍人なのだということが知れる。
「アンタ、ガンダムを見たのか」
「見たよ」
 好奇心に負けて訊ねた彼に、男はふふ、と笑う。何か底知れないものを抱えた笑みだった。 思わず後ずさった刹那はここが密室だということに気付いて引いた足を弄ばせる。今度こそ本当に訊ねたことに後悔し、急に薄くなった空気に冷や汗が落ちた。 しかし先を促すように見つめ続ける男の目線に勝てず「…どうだった?」と刹那が訊ねれば、男は、
「とても、美しかったよ」
と恍惚に眼を細めるのだった。


 ◇ ◇ ◇


「刹那!」
わ、と散らばっていく人ごみを掻き分けてロックオンが埋もれているだろう小さな影を捜した。
きょろきょろと遠くばかりに眼を走らせていたところ、不意打ちに胸の辺りにどすん、と衝撃が届いてうっと息を詰まらせる。元凶を覗き見れば、黒い綿毛が ロックオンの背中に移動していくところだった。
「おいおい、どうした?」
初めての、それにかなり珍しいと思われる状況に戸惑いながらも訊ねてみれば、刹那は「別に」としか答えない。しかし背中にぴたりと張り付いてロックオンの 服を引張り「早く行くぞ」と急かせるのだ。 何かあったことは明白なので気休めにでもと「エレベーター、嫌いなのか?」と問うてみれば、常に「別に」としか答えない彼は一瞬沈黙した後、「大嫌い だ!」と癇癪を起こした。













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