初めは、ただ雑巾が捨ててあるのかと思った。
しかしそれが包帯のように長い布であると気付いたとき、それが少し前から組織に入ってきた少年がいつも自分の身を守るように頸に巻きつけているターバンに 非常に似ていると気付いたとき俺の周りからすっと音が落ちた。 意識せずに震える手でくたりと草臥れた布を取り上げる ――間違いない、これは刹那のものだ。
あの、少年兵上がりの、しかしそれに反して粗野な面がなく手の掛からない子どもが、自分の僅かな私有物をこんな倉庫の隅に捨てるだろうか。何か予兆のよう なものを感じながら手の中の布を持ち上げた。
仄暗い影から浮かび上がった白は、無数の靴の跡に汚れていた。
俺は走り出した。 何所だ?混乱に塗れながら記憶を辿る。あの子どもが食い入るようにテレビを凝視していたのは確か8時頃。今は11時過ぎだ。お気楽なお笑い番組からニュー ス番組に変わったときにもう寝ろと俺がその電源を消したから覚えている。
刹那はじっとこっちを見てから、俺が少し厳しい顔をして顎で扉を示すともう一度薄っぺらいテレビの画面に視線を移してからすっと立ち上がったのだ。もう少 しごねると思ったから意外だった。もしかしたら本当は眠かったのかもしれないな、と何となくそう思いながら刹那が用意された自分の部屋に戻っていくのを背 中で感じながらもう一度テレビを点けた。
ニュースでは遠い異国の内紛の様子が死傷者約50名とかおざなりに伝えられ、すぐに政治の話題に切り替わる。目尻からこめかみにかけて大きなシミの目立つ 中年のおっさんの話を形だけはまじめに聞いて、その後はニュースを読み続ける女性キャスターの折れそうに細い頸を見つめていた。
「…刹那!?」
短く叫んで、倉庫の扉を開けた。信じがたい、いや、信じたくないような光景が目の前に、あった。 ガラクタが乱雑に並んだ格納庫。最小限に抑えられた光源の下に僅かな人だかり。1、2、…5人。そして床に転がった小さな掌。白く粘ついたものがつい た…。
「なに、やってんだ…お前ら…!」
呼吸が上手くできない。裏返り、掠れた声で言われたみっともない声に、それでも全員の顔がこちらを振り向いた。 頭に、一気に血が上って、全身に震えが走った。それを認識する前に、俺は猛然とその群れに突っ込んで腕を振り回していた。真っ赤に染まった視界の中で、獣 のような唸り声を聞いたような気が、した。
「…はぁ…っ…はぁ…、は…」
呼吸が、荒い。いくら殴りつけても、震えが止まることはない。破れた拳の皮膚から落ちた血と、何人もの男達のぐちゃぐちゃに潰れた顔からあふれ出した血が 混ざって床はべとべとだった。真っ赤で、苺畑を踏み荒らしたような、そんな無残な光景が広がっていた。
「せ、つな…刹那、せつ…」
震える脚で、横たわった小さな身体に近付き、触れる。
ぐたりと力を失った身体に小さく悲鳴が洩れる。
いやだ、なんだ、これは。
裸に剥かれた身体には至るところに鬱血があり、血が乾いて固まり、その上から夥しい量の生臭い精液がかけられていた。
誰が見ても、いや、見なくても判る陵辱の痕。それを、まだ10歳かそこらの子どもが受けたのだ。こんな、内戦からも離れた場所で。何で、こんな仕打ちを受 けないといけないんだ?この子どもが一体何をした?何で、運命はこんなにもこの子どもに対して非情なんだ!
自分の無力さを棚に上げて、俺は震える拳で床を叩いた。それに、呼応して目の前の力の抜けた身体がびくりと震える。
「…ぁ、」
小さな声が刹那の口から毀れる。ぴくりと、汚された、まだ肉の落ちきらない幼い指が震えた。
「ぁ、ぁっああ、あぁああああ!」
「刹那?」
徐々に悲鳴が大きくなる。その異常に驚いて、肩を抱いた。 しかし刹那はそれを嫌がって腕をばたつかせ、それが無駄だと気付くと両手で頭を抱えて縮こまってしまう。がたがたと身体は恐惶して震えていた。
「刹那、」
「……ぃ、……」
小さな声が、何かを呟いている。何とか落ち着かせようと抱きしめれば、耳元にその声が届いた。
「…さい、ごめ、なさ…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「……っ…」
言葉を、喪う。 一体、誰が、どんな存在がこの言葉を言わせたのだろうか。
こんな言葉を言わせるまで、一体何が彼を追い込んだ? 羽織っていたジャケットを脱いで震える身体に巻きつけ、そのまま持ち上げる。浮いた身体から、どろりと白い液体が落ちて、俺はその身体をもう一度強く抱き しめた。
刹那の喉からしゃくりあげるような悲鳴が洩れるのも、構っていられなかった。



□ □ □



「…それで、刹那くんは?」
「一応、寝ている」
がちがちに固まった身体を無理やり剥がしてベッドに押入れ、鎮痛剤を飲ませた。眠らないんじゃないか、という思いは杞憂で毛布の暖かさに包んでやって背中 をさすってやれば、やがてぱたりと力を失って不安定な寝息が聞こえた。ミス・スメラギは眉間にしわを寄せながら刹那を見まもって、くるりと俺を省みる。
「……ごめんなさい」
「…?」
「責任は、私にあります」
囁くような告白だった。しかし、その言葉の意味が俺にはすぐに飲み込めなくてただ「そんなことない」と咄嗟に言葉だけ否定した。ミス・スメラギは気難しそ うに眉を顰めて、俺を見た。
何故か、逸らしたくなる視線だった。
「刹那くんを、ガンダムに乗せるの」
「……何、」
この人は、今何を言った。ガンダムに、乗せる?誰を。
「正式な発表はまだだけど、上が決めた事よ。…戦争の中で生き残った子どもが、革命には必要だって」
そんなの、別の奴がやればいいじゃないか。 刹那はこんなに苦しんでるのに。また、よりによって俺達がまたこいつを傷付けるのか。
「……また、あいつに人を殺せってのか」
小さな声で訊いた俺に、「作戦に必要なら」と冷静な声がかえる。また、拳に震えが走る。
「でもそれは貴方だって一緒よ。それでもいいから、貴方はここにいるんじゃないの?」
「俺は、自分の意思でここにいるんだ!ソレスタルビーイングに賛同して、世界を変えたくて、ここに来たんだ!自分の足で!」
「でも刹那は違うだろ!?あいつは、人殺しをやらされてたんだ!銃持たされて、命令されて、逆らえば殴られる。殺されるかもしれないからだ!だから、殺し て…そうしないと食べるもんも貰えなくて!なのに、そんなあいつにまた同じことさせんのか。また、殺させるのか!」
激昂した俺にも、ミス・スメラギは顔色を変えなかった。ただ、最初と同じようにきつく眉を顰めて謝るだけだ。「ごめんなさい」と。その言葉は聴きたくな い。震えた唇が呟き続けた言葉だったから。
眼を閉じる。そしてもう一度薄っすらと瞼をあけて小さく膨らんだベッドを見つめた。冷静にならないと、いけない。
「……悪い…。……出て行って、ください…」
「…いえ、仕方のないことよ」
上司に向いた暴言を、ミス・スメラギは黙認した。ああ、大人だな、とこういう時思う。
それに比べて俺はまだまだガキだ。でも、ガキにしかできないことも、言えないことも、あるんじゃないか。
「貴方が殴った彼らの顔、覚えてる?」
出て行こうとする彼女は、ふと思い出したように俺を振り向く。小さく頸を振る。思い出したくもない。
「パイロット候補生よ。戦争根絶の理念に同意して、集まった子たち。成績も優秀で、身体能力も高い。家柄だって悪くない。…でも、ダメだった」
「結局必要なのは意志よ。それも、本物の」
「……ミス・スメラギ」
「ごめんなさい。…刹那のこと、頼みます。後の処理は私がしておくわ」
言うだけ言いたい事を言って、スメラギさんは出て行った。俺には判らなかった。いや、判りたくないんだと思う。彼女の言う本物の意志とかいうのも、上が何 を思ってあの子どもに人を殺させようとするのかも、パイロット候補生が、拾われた子どもが(親もわからない!)ガンダムのパイロットに選出されるという話 を聞いて何を思ったのかも。
爆発しそうだった気持ちは今は不思議と凪いでいた。ゆるく瞬きを繰り返しながら、のろのろとベッドに近付く。 小さな寝息はあの大声にもびくともせずに穏やかだった。
手を伸ばして額に触れる。ふわりとした髪質は息を顰めて、汗と精液がこびりついたそれは途中で指に引っかかる。
「風呂に、入れなきゃな…」
シーツも変えて、部屋も換気して、新しい服を用意してやって。それで、…それで?
刹那は癒されるだろうか。忘れてくれるだろうか?汚いもの全部。
毛布をはがしてから肩の下に手を挟んで刹那の体を持ち上げる。急ぎ足で備え付けのバスルームまで連れて行き、着せた患者衣のようなパジャマを剥ぎ取った。 全て元通りにしてやればいいんだ。それで、こいつは普通に学校に行って、普通に恋をして、普通に生活するんだ。戦いのない世界で。 片手で軽い身体を支えて、シャワーを開ける。スポンジを取って、ソープを出す。ぐしゃぐしゃと執拗なほど泡を立てて、向かい合って膝の上に座らせ、小さな 身体にやわらかいスポンジを押し当てた。泡が流れれば、全部流れてしまえばいいのに、と思いながら。
「……ぅ…」
刹那が小さく呻いて、腿の間から白い筋が溢れる。ぽたぽた、と床に落ちる。ぐぷ、と赤く腫れた後孔から溢れ出してズボンに染みをつくる。 背中から手を回してその場所を泡のついた指でなぞり、一瞬の躊躇の後に中指を突き立てた。刹那の体の筋肉が一度痙攣するように強張ったのが判った。
「ごめんな、…」
「…ぁ…あ、…は…」
謝りながら、刹那の体内に残った残滓を掻き出す。指を動かすたびにぐちゃりと音が鳴って、細い喉からは上ずった嬌声が洩れた。その、幼いながらも初な色香 を放つその声を聞かないように瞼を伏せて、作業に集中した。しようと、したんだ。
「刹那…?」
眼が、薄っすらと開いていた。芒洋としたそれは、明らかにいつもと違って、先程の錯乱した様子を思い返されて背が冷たくなる。
「………」
ぼんやりしたまま、刹那は俺の顔を見つめた。唇が薄く開いて、ぬらりと光った。どくり、と心臓が跳ねる。
「…おい…?」
小さな手が伸びる。ゆるく瞬きをして、その光のない鏡に吸い込まれるような感覚がした。ぺたり、と胸をかるく叩いた掌はそのままずるずると下に降りていっ てベルトに引っかかる。引っかかった手はそのままがちゃがちゃとベルトを揺らした。刹那の意図に気付いて俺は息を呑んだ。
「…刹那…!」
肩を掴む。その衝撃に小さな身体は揺れ、膝がぺたりと床に落ちた。手はそのままベルトを掴んでもう片方も伸ばされる。
「やめ、」
消え入りそうな声でしか拒絶できない。刹那はベルトを外し終わると何の躊躇いもなく俺の性器を咥えた。 ぼんやりした、顔のまま。
「せ、つな」
刹那。刹那、しなくていい、そんなことしなくていい…!
そう言いたい。なのに声が出せない。その間にも、幼い舌は口に含んだものに絡んで丹念に舐めあげる。 口を押さえる。信じられない現実に絶望するように、吐き気を堪えるように、…そうやって、繕って、眼を見開いてつむじを、女のものより細いその頸を見た。
 どくりと、絶頂を迎えて吐き出された欲望に濡れた唇で、刹那は呆然とする俺を見返し、そして、













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