数十年振りの寒波だか何だか知らねえが、馬鹿みたいに真っ青 な空がなけりゃ今頃雪が降ってたって不思議じゃねえくらいに今日のトウキョウは寒い。
アレルヤはそんな中でもへらへら笑いながら歩いていたが、周りにいる連中は背中を丸めてポケットに手を突っ込んでまるで原始人から進化してねえみたいで気 持ち悪いったらねえ。
普段なら、これが何でもないアレルヤの阿呆な気まぐれなら俺は身体を乗っ取ってでもそんな下らねえ外出を阻止するんだが、そういう訳にもいかないのは、隣 りに刹那がいるからだ。
年齢こそ三つしか違わない筈なんだが、成長期に係わらず刹那の身長はさっぱり伸びる気配がない。隣を歩いてても見えんのはつむじと外にぴょいぴょい跳ねた 髪くらいで、刹那は中東の出身だから寒さに慣れてなくて弱えんじゃないかと思っていたがそんなことはないらしく案外平気そうな顔をしてる。近くを歩いてる と刹那のいる左側のほうだけ何となく温かくて、子ども体温のありがたさに感謝した。
「あ、可愛い!」
その辺の女子高生みてぇな声を出して(気持ち悪ぃ)急にアレルヤは立ち止まったと思えばすぐにしゃがみ込んでウインドウに額をくっつけるから何だと思えば 白い綿毛みたいなのがうろうろしている。はぁ、犬かよ。お前も好きだよな、大概。
「だって凄く可愛いよ!…ねぇ刹那、入っていいかな。ダメかい?」
だからおめーは俺と同じ顔で女みたいな真似をするのをやめろ。振り向いて見上げれば、全体的に小っちえ顔のパーツの中で一つだけでかい目がじっと背中のウ インドウ越しで尻尾を振ってる犬を見ている。ペットとかあんまり見たことがねえのかもな。あの兄ちゃんが連れてる球体は別にして。 刹那が肯くもんだから結局アレルヤの思惑通りにペットショップなんかに入ることになっちまった。男二人でペットショップなんてお悪夢みたいな響きだか、決 まっちまったもんはしょうがねえ。いきなり身体を乗っ取って妨害してやってもいいが、一日中頭ん中でぐちゃぐちゃ文句を言われんのが目に見えてるしな。そ れこそごめんだ。
唯一の救いは刹那が見ためだけなら小学生でも通じるってことくらいだ。実際はしゃいでんのはどう見てもガキには見えないむさい男なんだが。
その中身小学生の男はお気に入りのチーズなんとかを探して店内を徘徊中。俺も仲良く追従中、ふざけやがって。
「マルチーズだよ」
はいはい、マルチーズ。しかしこんな檻の中に生まれた時からぶち込まれてこいつらもご愁傷様って感じだな。俺の知っちゃこったねえが。刹那もマルなんとか には興味ねえみたいでウサギがレタスをかじってんのをじっと見てる。
「動物好きなんだ」
アレは動物が好きってより動物を食べるのが好きって感じだけどな。それかレタスを食ってんのが羨ましいか。腹でも減ってんじゃねえのか。誰かさんがずっと 朝から連れまわしてるからな。それよりこの抱いてる毛玉が暴れててうざったいんだが。
「刹那、お腹空いてる?」
今更過ぎる質問をしてみるとやっぱり刹那はこくりと肯いた。一瞬間があったのはもう少しウサギを見ていたかったかもしんねえけどアレルヤには教えてやんね え。 店員のやる気のないありがたいお言葉を頂いてアレルヤが選んだ適当な喫茶店に入る。無難にハンバーガーチェーンとかにしときゃいいのにな。不味い珈琲を飲 みたくない気持ちは判るんだが、軽食位しか出ねえんじゃねえか。
「じゃあカフェラッテとサンドイッチ二つお願いします。刹那は飲み物どうする?ココア?」
誘導尋問じゃねえかと思うアレルヤの質問に刹那はこくりと肯く。思うに刹那は余程自分にとって不利益になんねえ限り黙って頷くんだ。どうでもいいことには 周りの意向に合わせるってのは確かに賢いやり方なのかもしれねえな。まあそのおかげで今日もアレルヤのよく判らん提案にのってくれたんだが。
「あとココア一つ。…それじゃあ刹那は座ってて。僕が運ぶから」
また首がこくりと肯く。素直なもんだ。あんまり悪い大人とは関わって欲しくねーな。ってもう関わっちまってるか、俺も含めて。
「…ハレルヤ、代わろうか?」
あ?急に何を言い出すんだてめーは。お前が刹那をデートに誘いたいとかほざきだしたんだろうが。それとも何だ、アレルヤのくせに気でも利かせてんのか?
「僕は、最初から今日はハレルヤのためにと思って…」
おいおい、マジかよ。そんなら何でさっさと代わんねえんだよ。いつまでもへらへらして服選んだり写真撮ったりチーズなんとかを見てたりしてたじゃねえか。
「マルチーズだよ。…だって、なかなかタイミングが掴めなくて…」
はあ、タイミング。俺にはお前がタイミングを計ってた記憶がないんだがな。まぁ確かに急に代わっても刹那が戸惑うしな…って何でお前がそこで笑うんだよ。 馬鹿にしてんのか?ああ?
「ごめんごめん。…だからさ、今、代わる?」
いや、いい。
「え?なんで?」
急に代わってたら刹那がビビるだろ。ところで店員がこっち見てんぞ。めちゃくちゃ不審なもんを見る目つきだ。ぐちゃぐちゃ言ってねえで、おめーはさっさと トレイを持ってさっさと刹那のいる席に行けばいいんだよ、とろくせえ。
「ひどいなぁ……ごめんね、待った?」
「…別に」
本も何も読まずに暇じゃねえのって思うがいつも刹那はこんな感じだ。何考えてんのかよく判んねえ。何も考えてねえようで、何も興味がねえようで案外この 小っちえ頭はよく物事を考えてるらしい。口数が異様に少ないのも、喋るのがめんどくさいってわけでもなくて言葉を選んで使ってるんだろ、きっと。 誰かさんも見習って欲しいぜ。一々不審者に間違われてたらたまんねえっての。
しかし、世界に喧嘩売ってる張本人達がこんな呑気なもんでいいのかね。最近の出撃回数は数こそ多いが蟻の巣をぶっ潰すみたいで大した手応えもねえし、呑気 にカフェラテを吹かしてられんのも今の内ってか。…どうでもいいがコップの中に髪の毛入んぞ。さっさと除けろ。
「……あ?」
おい、なんでここで代わんだよ!ふざけんな、出て来いアレルヤ!
「アレルヤ?」
「……」
クソ、あいつぶち殺してやりてえ。いきなり代わって…何話せってんだよ。この間の二の舞じゃねーか。とりあえず前のを謝ればいいのか?「この前はいきなり 抱きついて悪かったな」とか…微妙だな。「よう、久し振りだな」…はもっとねえな。そもそも刹那はあんま気にしてねえみたいだしそんなん必要ねえのか。
(ハレルヤがんばれ!)
「うるせえ!殺すぞ!」
余計な事しやがって!タイミングを計ってたとか言って、最悪なタイミングを計ってやがったのか!おまけにこんな甘ったるい飲みもん頼みやがって。舌がべと ついて気持ち悪いったらねえ。こんなんいつまでも飲んでっからおめーはいつまで経ってもへらへらして軟弱なんだよ!
(ハレルヤ…)
「あ?……あ」
しまった、声に出しちまった。店ん中は俺らの方を見ないようにしつつも明らかに静まり返ってやがる。刹那もびびったのかココアのカップを持ったまま固まっ ちまったし。
「いや、今のは…」
みっともねえ言い訳しか思いつかねえ。いっつもうざったいくらいにうるせえアレルヤはこんなときに限ってだんまりを決め込みやがって使えねえ。さっきの仕 返しのつもりか、クソが。時間ばっかり経っちまって気まずいったらねえんだが、今更引っ込んでアレルヤの首根っこ引っつかんで代わるってのもなしだ。そん な女々しい真似出来るか。
「……ハレルヤ?」
「…は…?」
…まさかいきなり名前を呼ばれるとは思わなかった。聞き間違え、じゃねえよな。 刹那は最初に俺と会った時みてえに黙って俺の目を見て話してる。でっかい目。ちゃんと区別がついてるってことか。
「知ってんのか、俺のこと」
おしゃべりなアレルヤだが、俺の事を他の奴にべらべら喋ってねえってことはいつも嫌でも同じ体ん中に入ってるから知っている。最初の頃は連中の前でぺらぺ ら俺に話しかけてて変な顔で見られてたが。要領が悪いから頭ん中だけで喋るってことが出来ねえらしい。
「たまに、アレルヤが話してる」
そん時刹那も確かにいた。一応話は聞いてたってことか。刹那なりに”ハレルヤ”と言う言葉を考えてたってことか? やべえ、また顔が赤くなっちまう。だってよ、刹那は俺のこと知ってたんだぜ?アレルヤとは違う人間だって区別つけてたんだ、大分前から。
その時に、きっとこいつは色々俺のことを考えたんだ。そんで今も、多分俺のことを考えてんだ。なぁ、そういうことだろーが、アレルヤ。
「…これ飲むか?俺には甘すぎんだよ」
まともに前が見れねえからさっぱり減ってねえカップを押しやると、刹那はいつもみてえに素直に肯いてみせた。小っちえ唇が尖ってカップを啜って、旨そうに 目許が緩むのを見ると、こっちの口元が知らねえ内に緩んじまう。

あー、やべえ。俺こいつのことすげえ好きだ。












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