血が滲む唇を見たから、いても立ってもいられなくなったとい うのはただの子供騙しの言い訳だ。
それでもこの子供が騙されてくれるならロックオンはいくらでも嘘を吐こう。大人の汚い部分を見せないためなら不実だと罵られても構わなかった。 噛んだ唇、渇いて薄い皮膚が破れたそれは内に隠れる肉の色が鮮やかで、鉄の味に痺れる舌で一度自分の唇を潤して目を細める。咀嚼を愉しむような所作に刹那 は僅かに身じろいだ。
先程までひどく苛立った様子だったそれは今は成りを潜めている。エクシアの、多分存在というものを確かめるように触れた手は湿ってその温度に真っさらに磨 かれた金属が僅かに曇った。これから起こることなど、とっくにこの子供は気付いている。
エクシアの、美しいとすら言える装甲を濁すそれが、まるで罪の証のようでロックオンはじっと見つめる。何も知らない子供を汚したのは、紛れもなく彼であっ た。
体温が、心地よいことを教えたかった。
戦場で持て余す疼きの行く末を教えたかった。
いくらでも言い訳はあった。子供は何も問わなかった。必要なら、それが。彼の口は何も語らなくても大きな眸は何よりも雄弁であった。 ロックオンは何も言わなかった。その、刹那の従順な無口に甘えていた。だって、どうして言えるだろう。お前を、抱きたい、など。
小さな子供に対する欲求ではない、ただ純粋に、一つになりたいなど。
その想いの辿る道など手に取るように判る。 子供はそんな想いなど理解できないだろう。きっと眉を顰めて首を傾げるだけ。本当は叫びたいのだ。刹那、お前が思ってるより俺は、ずっと汚い。
「…するのか」
小さく咽が鳴った。欲が、疼いている。いつも互いに吐き出すだけの行為だったが、自信がない。ロックオンは下から見上げる視線から目を逸らす。傷付けたく ない、そして、その欲の本当の色を知らせたくなかった。この体温はきっとその醜さに驚いて指の隙間からすり抜けてしまう。
「…せつな」
名前を呼ぶだけで、全てが伝わればいいのに。何故舌はこんなにも不完全なのだろう。いらない事ばかり喋るのだろうか。 ロックオンの手が刹那の頬へ伸びた。息を詰める様子に愛おしさが募る。臭いを付くことを厭う野生の動物のように気を張り詰めた子供から振り払われないこと などが、こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。初めは手を焼いたのだ、これでも。それが、いつの間にか触れる事を許された。諦念かもしれない、が。
「…キスしていいか、」
刹那、と。瞬きよりも短い意味を持つその名前を呼ぶ。呼んで、何かを語るようにうっすらと開いた唇にそっと自分のものを重ねる。傷を癒すように乾いた血の 着いた下唇を舐め、柔らかく唇で食んでから大きく口を開けて角度を深くする。小さな歯が並んでいるのを舌で確かめてから、温かな粘膜を味わうように頬の裏 を掻いて、奥に縮こまった薄い舌を掬って絡めた。目を閉じたロックオンの耳に、上擦った息遣いが聞こえた。
「……ぁ…」
熱が騒ぐ。もっと、と子供のように駄々をこねて体の中で暴れまわる。それを、ロックオンはじっと押さえ込んで唇を離した。銀色に引いた糸は、紛れもなく もっと欲しがるロックオンの欲望を表していた。
「刹那、…」
全部欲しい。言えるはずのない言葉を心の底で呟いて小さな体を抱きしめる。 熱に潤んだ眸も、背中を求めるように動いた指先も、ロックオンは、知らない。












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