瞼の中に、白とも無とも言える光が溢れる。
荘厳に、燦々と輝くその一面の光に、少年は小さく吐息を吐いた。 たった一人だと、お前は孤独だと嘲笑うような黒の暗がりは歳をいくら重ねてみても慣れなかったので。優恤の色彩が彼の全身を撫ぜていくようで、彼は笑う。 水の中のようでも、たくさんのてのひらの中のようにも感じた。ひたすらに優しく穏やか。ただそれだけの存在だった。
「……もう、いいか」
疲れたのだ。身体だけではなく、恐らく魂も。
一体、何千の時間を復讐というものに捧げてきただろうか。爪を切り、磨き、目薬を差し、身体の一切を道具にして一体どれほどの時間を費やしたのだろう。
微笑むことに抵抗を覚えて、笑うことを武器にして、涙はどこかに落としてきて見つからなくて。きっと元に戻るよ、と呟いた、その瞬間からいくら時を経たの だろう。
世界は、優しくない。
あの時、どうしようもなくそう思った。救いの手などない。神の御手など、この世界にはない。
あるのは無関心と悪意だけ。それが半分半分になって、混ざりあって複雑な模様を作る。だから、この世界に何を望んでも無駄なのだと、判れば良かった。

それでは、あの光は一体なんだったのだろう。
木漏れ日のような笑い声、砂糖の甘い匂いも、頬をくすぐるくちづけは、なんだったのだろう。
悪意と、無関心しかない世界にあった、あの優しい光はなんだったのだろう?
あれが、悪意だと、無関心だというのか。鉄の味も、火薬の(血の、)匂いもしないあれの名前は、一体何なのだろう?
諦めるには、あまりに眩しくて。あまりに、綺麗で。 捨てられなかった。瓦礫と共に埋めることなど出来なかった。 それがどれ程、愚かなことかを知っている。幻だと知っている。帰ってこない、とっくに死に絶えた星の光なのだと知っている。
知っていても尚、同じ光を探した。面影を求めて、重ねて、絶望して、…淋しくて。

「ニール」
声が、彼を呼んだ。慕わしいその声音を、彼は知っていた。
「母さん?」
「ニール」
「父さん…」
「もう、いいよ」
「え?」
「疲れたでしょう。もう、休んでいいのよ」
「俺は、」
まだ何も、 「優しい子ね。でも、もう殺さなくていいの」
「偉かったぞ。おいで、」

足で空を掻けば、光が弾けて頭上に無限の空が広がった。
そしてそこに、白い花が広がる、その圧巻を少年は目を開いて見つめた。
柔らかい温度の風が、白の花弁を散らせ、手を広げれば鳥の羽よりも軽いそれが少年の手に触れ、肌に溶ける。 鳥の遊ぶ声、それに混じってさえずりよりも高く軽やかな笑い声が彼の意識の袖を引いた。
「お兄ちゃん、遊ぼう?」
ああ、なんて。なんて残酷なんだろう。もう知っているんだ。幻だ。これは、弱さが見せる希望で、夢で、触れることなどできないのだ。

「ニール」

でも、欲しい。光が欲しい。優しい世界が、欲しい。温もりが欲しい。
このまま瞼を閉じれば、きっとそれが手に入ることを知っている。偽りでも、その中で、過去に戻れる。あの、懐かしい光景の中に行ける。

「ロックオン」

誰かの声が聞こえる。 誰の名前だっただろうかと、少年は首を傾げた。白い美しい花々の中で、他に誰もいないというのに声は彼の耳に届いた。
「…誰…?」
虚空に問いかける、…空に。しかし、答えはなく、ただ光の中に、その呟きは吸い込まれて、風と、そして相変わらずニール、と少年を呼ぶ優しい声だけがし て。 真っ白の花が、ざわめいた。光の群れがゆっくりと視界を遮り、その強い白に少年は目に手を翳す。そのてのひらを撫でていく感覚が、ふと何かを思い起こさせ て少年は瞬きをした。

「ニール」
「ニール」
「ニール」

亡くした声が、する。とても抗いがたいその温かさ。身を委ねれば、もう痛い思いをしなくて済む。もう自分を殺さなくて済む。誰も、殺さなくても済む。 それでも、あの、声。てのひらに残る感覚が取れない。肌に、神経に、魂に残るそれは。

「ニール」
「…違う」

それは、俺の名前じゃない。ニール・ディランディは死んだ。もう過去に死んだ。
あの孤島で、銃を向けたときに。俺は自分を撃ったのだ。復讐だけを求める自分を。世界を憎むだけの自分を、ロックオン・ストラトスとして。 起きなくては。
起きて、立って、歩かなくては。
世界は優しくない。 それでも、きっと絶望だけじゃない。
光はある、でもきっと雲に覆われているだけ。それを探したい。

「ロックオン」

震えた叫び声がする。あの子どもが、泣いている。感情の発露を忘れた、笑い方さえぎこちないあの子どもが泣いて、呼んでいる。 だから、笑顔にしてやらなくては。涙を拭いて、そして、抱きしめてあの柔らかな髪を撫でて言うのだ。

「…ただいま、刹那」












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