またか、と言いたいのだろう二対の視線をティエリアは忌々し い気持ちで黙殺した。
恐らく自分よりも年上のこの二人は何かと彼に世話を焼きたがって、やれ身体がどうの健康がどうの情緒面がどうのという理由でティエリ アにとっては気味の悪いものでしかない様々な食品を寄越してくるのだった。その度に皿に乗る不快な食物を目にしないといけないため、ティエリアは最高潮に 不快になるのだが、この二人組は自分達のやってる事が間違ってはいないと一辺倒に確信しているのか諦める気配もなく何度も何度も自分が取り寄せた魚やら 肉をティエリアの皿に浸入させようとする。どうせ、砂を噛んだみたいに皆同じ味がするというのに。
「ティエリア…お前さん、またそんなもんばっか食ってんのか」
その内の一人が溜息を吐きながらお決まりの文句を零した。睨み付けてやると、初めの頃こそおっかねえ、と身を震わせていた彼もいい加減慣れたのかティエリ アの 皿に乗るペースト状のそれらを見た。彼から言わせればただ喉を滑るだけの流動食など味気ないし何よりもただ栄養が採れればいいってもんじゃない、というこ とらしいがティエリアは聞く耳を持たなかった。
「俺が食べたいものを食べているんです。余計な口を挟まなくて結構」
「ティエリア、ロックオンは君のためを思って、」
「それが余計だと言ってる」
おっとりと口を挟んだお節介二号にティエリアは噛み付いた。このお節介ことアレルヤ・ハプティズムは普段は押しが弱く、大人しい性格であるのに殊この話題 にな るとぐちぐちと引き摺ってどうにも厄介なのであった。
「蛋白質も塩分もビタミンも身体構造に必要な栄養は計算上全て足りている。現に訓練には何の支障も出ていない、ゆえに問題は何一つないということです。こ れ以上口を出すようならスメ ラギ李ノリエガに申請してこのくだらない指令を取り下げてもらう」
「おいおい、くだらないってのは何だ。マイスター同士の団結力を強めるための立派な作戦だぞ」 「食事の度に俺は貴方達のお節介にストレスを感じているんです。指令を取りやめないと言うなら貴方達に食事中は一切の言葉を発しないという指令を新たに加 えてもらうように申請する」
「団結力を高めるために一緒に食事してるんだから…。それは通らないと思うよ?」
「命令は『共に食事をしろ』であって『食事をしながら話し合え』ではないはずだ」
ばん、と拳が机の上を叩いた。不毛な言い合いを終わらせる為の乱暴すぎる手段を受けた二人はお互いに疲れたような視線を交し合って、哀れみを混ぜた視線を 彼に寄越した。
そのような小さな小競り合いをしている内に、小さな影が食堂へやって来た。丁度入り口に背を向けていたティエリアは気付かずに未だ二人を威嚇するように睨 めつけていて、ただ指令だからという理由で共に食事を採りに来たのだろう少年をこの険悪な空気の中に放り込むのは気がひかれるので、普段はもう少し説得に 粘る世話焼きの二人は沈黙してしまう。そんな彼らを不審気な目で見たティエリアは、急に隣に現れた子どもに驚いて目を剥いた。何の気配もなかったのだ。
「おい、突然隣に座るな」
トレイを妙に静かな動作で置いた少年は、隣から掛かった苛ついた声に一度その大きな目を向けて、「座る」と抑揚のない声で呟いた。ティエリアの米神に青筋 が立つ。また厄介なのが増えた、と秘かに頭を悩ませるロックオンを尻目に、アレルヤはその子どもが持ってきた食べ物に目をつけて目を丸くした。
「刹那、君のご飯それだけ?」
それだけ、というのはトレイに乗った焼き魚だった。スープもパンもサラダもなく、ただ焼いただけの魚が4つ皿の上を占拠していた。アレルヤの指摘に、ロッ クオンも目を開きティエリアすらグラスの中で瞬きをする。当の本人はその視線を受けて不思議そうに首を傾げていた。
「ご飯とか、他のおかずは?もう残っていなかったの」
「…別に」
何が別になのか、他の者には理解できなかったが、少年は質問に答えたと判断したのか視線を無視してフォークを魚の腹に刺して口の中に入れる。
「おい、骨…」
ロックオンが言葉を続けようとすれば、小さな口の中からぼりぼりとくぐもった音が聞こえて、三人は沈黙した。ぼりぼりぼりぼりと骨を砕く音が最初とは違う 意味で重くなった場に流れる。やがて、喉を上下させて咀嚼した少年は動かないロックオンの方を見て、「この位なら大丈夫だ」と言った。きっと「この位の骨 の太さなら噛み砕けるから、喉に刺さることもないので大丈夫だ」という意味だと思われるのだが、そうと判っても無表情で骨を噛み砕いている子どもはかなり 不気味なことには変わらないので、アレルヤは恐る恐る助言を始める。
「えーと、刹那…普通、こういう魚は頭と骨は取って食べるんだよ」
「そうそう、ほら貸してみ?」
刹那の返事を聞く前にロックオンは箸でそれを取ると、見事な箸捌きで頭と骨を取り外した。赤茶の眸が、誰にも気付かれずに僅かに揺らいだ。
「わぁ、ロックオン上手いですね!」
「まぁな。そら刹那、他のやつも骨取ってやるから」
またいらえが返る前に皿が取り上げられ、次々と魚は身と骨に分解されていく。唐突に訪れた天災のような非常識な光景に我を失っていたティエリアも、漸く本 来を取り戻して俄かに広がり始めた子どもの説教に加わる。
「…大体、何故魚しか取ってこない。栄養が偏るだろう」
「そうだよ、野菜も食べなきゃ!僕のサラダ少しあげるね」
ティエリアの言葉にぽん、と手を叩いて、アレルヤは自分の器の中にあったレタスを骨の山の隣に乗せる。刹那の「草…」という言葉を無視してロックオンもポ テトサラダをそのレタスの上に添える。何か言いたそうにしている刹那の皿は色彩鮮やかに輝 き始めたのだが次に加えられた食物に刹那の眉が幽かに寄った。
「多少バランスが崩れるが仕方ない。俺のもやる」
小さく息を吐いたティエリアを刹那の大きな眸が見上げた。そこに認められる僅かな困惑に、ロックオンはおや、と怪訝な顔をするのだが、次の言葉でそれが大 きく崩された。
「粘土…?」
「…な、」
当惑した呟きにティエリアの顔が一気に赤くなり、ロックオンは噴出しそうになるのを堪え、アレルヤと言えば「確かに似ているかも」とそれを観察している。 その足は机の下で思い切り踏まれることになるが。痛い、と騒いでいるアレルヤとその暴力を叱りつける苦労人の叫び声に、粘土と称した食べ物を食した子ども の小さな「不味い」という声は埋もれて誰の耳にも届かない。

バイキング形式の食事は今日限りにして欲しいという同等の申請がマイスター全員からなされ、それを受けたスメラギが少しは仲良くなったのか、と顔を綻ば せるのは後の話である。













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