※口調 とか、設定とか、全てが妄想です。






 今すぐにでも、この身体を突き飛ばしてしまいたいのに、そ れを出来ないのは彼が同じ組織の構成員で(傷つけるわけにはいかない)、大事な仲間で(目的を果たすため)、体格も違って(自分はまだ、小さかった。彼と 比べれば)、きっと色んな原因が織り交ぜて刹那の身体に絡まるからだ。抗議を、口に出来ないのはきっとその麻布が、見えない手のようにきっちりと頬を伝っ て唇を覆うからなのだ。
「……抗わねえの?」
 僅かに掠れた所為で、脳の底にある蓄音機、のようなものが音叉のように反応した。魂の片割れに接したような悦びに身を震わせた。刹那は、それに嫌悪す る。
 とっくに忘れたはずの感覚を取り戻そうと、浅ましく呼吸をする身体が疎ましい。期待する心が憎らしい。自分の、全てが過去に縋ろうとしている、その事実 にひどく打ちのめされる。
 そんな目の前の絶望を、過去からきた光はもの珍しそうに観察している。反応を、確かめた。そんな様子であった。それすらも、水の膜の張る視界は都合よく 脳裏に零れた映像と重ねようとするから、油断なぞこれっぽっちもできない。今まで取り繕っていた全てが無に帰すのは、避けなければいけなかった。
「……離れろ」
「今更だなぁ」
 本当に、その通りだ。刹那は自嘲する。眼球を動かして空っぽの壁を睨んだ。意識的にされたその動きに、幽かな笑みが頭上から洩れる。
「いつも澄ましてる癖にな。お前、ギリギリじゃねえか」
「…離れろ、と言っている」
 驚くほど力のない声で返せば案の定「離れたら倒れちまいそうだけどな」と軟派な彼らしい薄く笑みを象った赤が言葉を紡いだ。体術での優劣を、彼は口にし なかった。そのことが逆に刹那にとっては見透かされているようで苦しかった。
「やっぱ、本当なんだな」
 
青年はふいにその笑いを収めると、少し淋しそうな眸をし た。睫が影を作った。唯一違う、明るいその色に憂いが含ま れて視線は戻される。(過去へ、)
「ロック、オン」
「ちょいと小耳に挟んだんだ。あんたと、」
「ロックオン!」
 刹那は首を振った。何を否定したかったのか、彼には判らなかった。判っていたのはそれを口にすることで、変わる何か。崩れ、そして生まれ這い出す感情の 産声が、今触れる温かな吐息と取り変わって刹那の耳朶を爪弾くのだ。
「…お前だけは、俺に無関心だった。他の奴らは、妙に馴れ馴れしかったり、そうかと思えば余所余所しかったり。変だと思ったんだ、俺に対する態度だけ、違 うから。…でもお前だけは、違った。静かだった。――今考えれば、逆にそれがおかしかったんだよな」
 するする、と隠していたものが暴かれる。幾重にも巻かれた嘘が、現実と言う手によって覆った醜い色を外に晒そうとしている。その色を知ったら、彼はどう するだろうか。解ける布に縋るように、目の前の胸に爪を立てた。
「……ロックオン」
「話してくれ。…知りたいんだ」
 刹那の口が、もう一度名前を呼ぶ。それが、本当は誰を呼んでいるのか、目の前の青年は全て判った上でそっと微笑むのだった。
 














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