ユーレイ、という言葉を最初に口にしたのはアレルヤだっ た。

「刹那はトウキョウに居るから聞いた事あるかもしれないけど…」
 始まったのは、アレルヤが先日見たというテレビ番組のことだった。殊夏になると、この手の番組はそれこそコマーシャルやら新聞の広告欄にやら出てきて嫌 でも視界の中に入ってくる。アレルヤもこの手の話は不得意としていて避けていたはずなのだが、とティエリアが視線を遣れば、「ニュース番組まで暇だったか ら、」と言い訳するように呟き、こめかみに流れる汗を拭った。
 アレルヤの話はどちらかといえばありがちな話であった。
 家路に着こうとしていた男が、見知らぬ女を見かける。道にでも迷ってたのかと気にしながらも通り過ぎて、やはり気になって振り向けば女はいない。その 夜、寝つきの悪い男が窓から外を見ると、その女が恨みがましい目をして窓の外からこちらを見ている、と。
「ちょっと怖かったな。だって、その男の人にはなんの関係のない人なんだよ?なのに、恨まれるなんて…」
 人の良いアレルヤには、見知らぬ赤の他人を恨むような思考は理解不可のようで、しきりにそのようなことを口にした。アレルヤの話を一応、じっと聞いてい たティエリアは、少し馬鹿にしたように鼻を鳴らして言い切った。
「その男が見たのはただの幻覚だ。やましいことがあるから、暗闇の中で脳内に描いた事が現実にあるように見えた、ただそれだけだろう」
「そんなものかなぁ…」
「そんなものだ」
 何か強制的に話を終わらせようとしているようにも聞こえるその言に、アレルヤは、まだ納得いかないのか首を捻っている。経費節減とかでクーラーの切れた 部屋に押し込め られ、気が立っているのかもしれない、ティエリアはアレルヤの頬を(あまり柔らかいとは言えない)ぐ、と引張って、幽霊などいない!と耳元で叫んでいた。 それは、ロックオンの仲裁が入るまで続いた。遅いよ、とアレルヤは心の中で少し泣いた。
 腫れた頬を押えた彼は、何も積極的に幽霊という存在を肯定したいわけではない。が、これだけ多くの人が見た、と言っているのだ。科学では証明できないも のが、この 世の中にはあるのではないだろうか?それを根本から否定されても、素直にうんと肯くことはできない。

「……見たことがある」

「は?何を」
 突然に口を開いた刹那に、三人の視線が集中する。刹那はその静かな炎のような眸をちらりと走らせ、唇を開けた。

「…ユーレイ」
小さな呟きに、ふ、と空気の振動する音もなにもが途絶えたような気がした。

「え、」
「いや、馬鹿な、ははは、刹那、嘘だろ?」
「おい刹那Fセイエイ何を適当なことを言ってるんだ大体幽霊なんて存在しないんだぞうんそうに決まっているだから君の言うことは嘘だ!」
 三種三様の反応を返したマイスター達は、それでも最終的にはあわあわとその身を寄せ合っている。それをじ、と見つめていたように思われる眸は、しかしど こかそれよりも遠くを見つめているように思える。

「……今も、いて」

 す、と指が動く。その指が、抱き締めあう三人の男の、さらにその先を指し、

「笑っている」







 ぎゃああああという叫び声に、スメラギ・李・ノリエガはふ、と顔を上げた。
 聞き間違いでなければ、それはマイスターの控え室、もとい反省部屋から聞こえたような気がする。先日から地上での訓練になったのだが、さっぱり連携が上 手くいかない、というよりもしようとしないその態度に業を煮やした彼女は、「経費削減」という名目でクーラーのきかない一室にマイスター全員を閉じ込めた のだ。これで少しでも仲が良くなればよし、仲が悪くなっても今が最悪な状態なので平気だろう、と高を括ったのだが、やはり何か問題が起きたらしい。頭を抱 えながらも足早にその現場へ向かえば、その方角からアレルヤがもの凄い速さと形相でこちらへ駆けて来て――それを追うようにロックオンが同じような表情で 走ってくる。
「…何、今の」
 尋常じゃない二人の様子に呆然としているスメラギの前で、件の扉がす、と掠れた音を立てて開かれる。細い喉が上下した。彼らを恐怖に追いやった何かがこ の中にいる――息を呑んでそれを待ってみれば、――何ていうことはない、マイスター最年少の刹那が無表情で立ちすくんでいる。
「……刹那?どうしたの…?」
「…暑いから、」
 すい、と視線が逸れ、後ろに注がれる。「涼しくしようと思ったんだ」と呟いたその背後で、ピンク色のカーディガンはぴくりとも動かないのだった。















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