「……は?」
 目を丸めて、ぽかりと唇を開けるその表情は、普段の無表情か、それに負の感情しか乗らないティエリアのものからひどくかけ離れたものだった。先程まで誰 かが零した所為で空中を揺れていた葡萄酒の玉のような眸の色が刹那の目に鮮やかに映った。
 その色が、驚嘆に丸まれた後に、ぶるりと、寒さに凍えるようにして震えて途端に傷ついた体を見せた。刹那は、ぼんやりと見上げていた表情を曇らせる。そ ういった顔をさせたいわけではなかった。しかし、垣間見せた傷はすぐに彼の勝気によって掻き消え、一瞬にして平静を取り戻した彼は、茫洋とした感じの顔を した少年に声を上げた。
「俺が、幸福ではないと?」
 刹那は、少しの間沈黙した。
 肯定しようと上に少し上がった顎は躊躇ったように引かれる。傷つけたいわけでも、怒らせたいわけでもないのだ。刹那はイアンか――それとも突然に表に出 てきたハレルヤにかに飲まされた赤い滴を唇の端に僅かに滲ませながら、うん、と小さく首を横に振った。
「では、」
「俺のせいで、なるかもしれない」
 刹那の言葉に、ティエリアは眉をしかめる。彼の脳裏に、ちらりと一人の影が過ぎった。
「それは、」
「ロックオンが言っていた」
 また彼の口から溜息が零れるのだが、は、とした顔をしてティエリアは口を押さえて刹那をちらりと見た。それから、誤魔化すように一度咳をしてから、彼は ゆっくりと息を吸う。
「それは……一般的によく使われることだが、」
「それでは、」
「事実ではない。あくまで、一つの例えと言うか……」
 言葉に詰まるティエリアに、刹那は小さく首を傾げる。
「一般的なのに、事実ではないのか」
 美しいと形容される唇を歪めてティエリアは刹那を見る。それは、怒り、と言うよりも、困惑と言った方が正しい。刹那が、このように――それこそ、一般的 な子供がするように答えの見えない、厄介な問いをするということはなかったので。そして、怒りといっても、それは刹那にではなく彼にお節介を焼く男と、遠 くで大声を上げている大人たちに向いている。
「……どちらにせよ、俺は特に不幸ではない。君の杞憂だ」
「杞憂……」
 小さな顎を俯けて、刹那は黙りこんだ。
 言葉の意味も説明しないといけないのかとティエリアが口を開けたところで、遮るように刹那が言う。
「お前は幸せなのか?」
「……幸せは、人それぞれだ。金銭を儲けることにそれを見出す者も、人助けにそれを見出す者もいる」
「お前は幸せなのか?」
 同じ口調で繰り返す刹那に、ティエリアは今度こそ困ったように眉を寄せる。少し冷えた指先が、素直に落ちる髪を一度くるりと(珍しい仕草だった)回し て、刹那がしたように首を傾げる。
「一般的には、最大の不幸は死だと言う」
「逆もある」
「そうだが……俺は、生きている。だから不幸ではない――これは君の言葉だったな」
 何となく口にした言葉は、いつかこの子供が前に口にした言葉であった。寄せたままの眉で少し笑えば、刹那もふ、と口の端を上げる。
「では、俺はお前を死なせない。……死が、お前の不幸なら」
 それだけを言うと、満足したように一度彼は頷いてティエリアの横を通り過ぎた。その足はふらふらと揺れて頼りない。
「……トイレの前で言う科白ではないな」
 ティエリアは長く、溜息を吐く。ちらりと視線を走らせた先では、水の流れる音がしている。
















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