ネーナが雑誌を読んでいる。地上で手に入れたらしいそれはポップな表紙で春のモテ髪、モテメイク!と可愛らしい(恐らく)文字で書かれていて、ヨハンはモ テ髪とは何のことだろう、と一瞬考え込み、そして次の瞬間には
時間は有限であり、瞬間を逃せばそれは損失になると彼は知っ ていたから、長考は無駄だとそれを放棄して「何が載っている雑誌なんだ?」と直接ネーナに訊ねた。彼女は雑誌の中身に夢中 のようで兄の声が聞こえていないようだった。普段うるさいくらいに話しかけてくると言うのに、今は鼻歌を歌いながらぺらぺらと如何にもチープな紙を捲って いる。ヨハンはわずかに肩を落として彼女の元へと歩を進めた。無視されたようで嫌だったが、真剣に雑誌に視線を落とす姿は少女らしくて可愛かった。背後か ら覗き込んだその先には大きな東洋風の少女の顔のアップがあって、キュート系モテメイクなどと書かれている。モテとは結局何だ。ヨハンがそれをじっと覗き 込むと、それに気付いたミハエルまでもが兄の真似をして(彼は幼児のように木霊することが偶にあった)顔を顰めながらそれを覗き込んだ。
「ネーナ、何これ?」
「ん?ああ、雑誌だよ」
「モテって…モテるってことだよな?そんなっ駄目だぞ、その辺の男に色目使ったら…!」
「あーはいはい、別にそんなのじゃないってば」
ミハエルがいつもの癇癪を起こす、それの対応にヨハンはいつも頭を悩まされるのだが今回はその癇癪からモテの意味を知った。ああ、成る程。モテる、のモテ か。ヨハンはこの世の中について一つ学んでいる隣ではミハエルがネーナにぞんざいに扱われて小さくなっていた。人は何かに夢中なとき周りが見えなくなるの だ、ということをネーナだけにほぼ意識が向いているミハエルは知らなかった。彼女は無視、というよりはそれに気付いていないようで(夢中なのだろう)凄い 勢いでページを飛ばしていく。目がちかちかする。
「それよりさ、コレ見て見て!占いだってさー!」
最後の方にはたどり着いて、ようやく癲癇が終わったと思えばそのページを指すので、また二人の兄は頭を突きつけてそれに見入る。何の変哲もない12星座の 占いなのだが、大抵の人間が慣れ親しんだそれもこの兄弟にとっては珍しいものだった。これならモテなんとかに興味のない人間でも多少楽しめるだろう、とヨ ハンは人の知恵に感心する。ミハエルはネーナの指を視線で辿るので忙しいようだ。ネーナは年齢からいってもこうしたものに興味が湧くようで、じー、とそれ を睨み付けている。そしてきゃあ、と歓声を上げた。
「『今月は運命の出会いがありそう!周りの人にも幸せを分けてあげればもっと幸せが舞い込むよ♪ラッキーカラーは赤、ラッキーナンバーは8』だって! きゃー!運命の出会いってさ、まさか、まさかじゃない?」
「俺は!?ネーナ、俺は?」
「ミハにぃはー、恋のライバル出現でピンチだって!」
自分の星座を見つけていないミハエルがマジかよ!と叫んで騒ぎ始める。駄々っ子のように頭を振って顔を覆った。今月一運勢が悪いらしい彼の運勢を面白がっ て、ネーナはその続きを音読する。今月はお仕事でも失敗しちゃいそう。勝手な行動は厳禁です!ラッキーカラーは青、ラッキーナンバーは1でーす!ちなみに ヨハンにぃはね、結構運勢いいよ!ラッキーカラーは黄色、ラッキーナンバーは7だって!
「何だよ!なんで俺だけ運勢悪ぃんだよ!」
ぶーぶーと文句を言うミハエルを慰めてやろうにも、自分のことばかりで喜んでいるネーナの隣では占い自体を否定するのは躊躇われて、どうしたものかとヨハ ンは頭を回らせる。トレミーの中では娯楽もなく退屈だと思って買い物を許したが、まさかこんな騒ぎになるとは。ネーナが原因で悪くなった機嫌はネーナだけ でしか直せないのを彼は知っていた。ちらり、とその金色の眸を見れば、飴玉のようなそれがくり、と上を向いてあ、と声を上げる。
「あ、だったらさ、私が幸せ分けてあげる!そしたら私も幸せになるしいい感じじゃない?」
自身の思いつきにネーナはVサインを作って笑った。ミハエルは「おっそれいいな!」と先程までの機嫌を一転させて喜色を浮かべる。その切り替えの早さに呆 れて溜息を吐きながらも、兄貴も協力してくれよなー!と言われてしまえば逆らえる筈もない。可愛いのはネーナだけではないのだから。
「了解した」
「おっ流石兄貴!頼りにしてんぜ!」
機嫌も直って嬉しそうに笑うミハエルの背後で赤いライトが点滅する。指令を伝えるその光を見て、とりあえず7機か17機を撃墜すればいいのか、とヨハンは 雑誌の表紙に訊ねるように首を傾げた。















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