東雲の水を溶かしたようなブルーが窓の外いっぱいに広がるのを、その中にたくさんの死を隠しているのを知っていても綺麗だと思 うのは罪だろうか。無知は罪だというけれども、きっと無知を装ってそれが罪だと知っている人がきっと一番の咎人なのだ、とリボンズは思う。
だとしたら罪というものを与えられるのは、一体誰だ。無知の人、そして無知を装う人。自分の無知を知っている人は結局無知ということだから罪なのか。そも そも罪を感じられるのは知があってこそであり、知がなければきっと罰は徒悪戯に終わってしまう。
…朝のこの時間はとても退屈で、リボンズはそんな取り止めのない思考を止めることが出来ない。さして興味もないことも、深く思考の海に沈めば微量でも退屈 を紛らわせてくれるということを彼は知っていたので。
罪人と言えば、この人もそうだと、彼は彼の足をそっと持ち上げて何か古く壊れやすい骨董品のように扱う男の、俯いた顔をじっと見つめた。
自分の白い足が別物のように感じられた。先程珍しくも綺麗だと感じた青がそこに反射して混ざり合い、淡く発光して感覚も曖昧だった。
その先を飾る五つの固い表皮は今は男の手によって磨かれている。いくつもの道具が、リボンズの足の爪だけを削るためだけに揃えられた道具が光の玉を作ろう と苦心してベッドの上に転がっていた。リボンズは徒好きなように足を放り出して力を抜く。最初こそ何か話でもした方がいいかとその顔を眺めていたが、彼の 与り知れぬ場所で充足したその面を見つけて必要のないことなのだと感じた。しかし同時に、この人の勝手に何故退屈に追いやられなければならぬのだろうとリ ボンズは思う。足の爪など、彼にはどうでもいいことなのだ。
「罪、ということはどういうことですかね」
「……退屈かい、リボンズ」
ただ暇を訴えて哲学を始めた子供の意図を、アレハンドロはその通りに汲み取って笑う。正直すぎる言葉もこの男には何の棘にもならないことを今までの付き合 いから判る、しかし何気なく放り投げた、どうでもいい一言を――案外、意義深いかもしれない一言をはぐらかされたような気がしてはい、とてもという言葉は 噤まれた。
「貴方は全て知っているんでしょう。なのに、何もしないのは罪ではないのでしょうか」
湖面のように淡々とした声でなければ批難に聞こえたかもしれなかった。リボンズの独り言を聴きながら、アレハンドロは掌に乗った小さな指先に息を吹きかけ る。湿り気を帯びたそれにリボンズの肩がぴくりと震える。それに気付いてるだろうに、否、気付いているからこそであろう、意地悪をしようとする男は、今し がた自らが取り去った少年の一部であったものを目で追って真っ白のシルクに溶けていく様子に微笑んでいる。指先は滑らかに光を弾く爪先を殊更やさしく撫ぜ て、わずかな官能を少年の神経に与えていた。
「お前は、私が何もしていないと?」
「見ている、だけでしょう」
指先が、輪郭をなぞるようにしながら指の又にたどり着く。その柔らかさを確かめるように海に居た証拠の薄い肉を軽く擦られてリボンズは口を閉ざした。口を あけていたら、きっとこの大人は笑うだろう。少しの呼気、唾液を飲み下して上下する咽喉を、動揺したという幻として扱ってそれが真実であるというように刷 り込んで流そうとするのだ。ただ退屈を紛らわせてくれればいいのに、余計な事ばかりをして本当に欲しい喜ばしいことをこの男は目の前でかざして代わりの、 他の足りないものばかりを与える。だからいつもお腹が空いたような気持ちでいっぱいだ。何かが欠けているようでならないのだ。
「私は、監視者だよ。その存在さえお前は否定するのか?」
「…貴方がどう思っているのかを、僕は知りたい」
紫の眸が、青い光を弾くその鼻梁を見つめる。求めるのは別でも、先に行くには今を求めなくてはいけない。なんて面倒で退屈なことか。
退屈か、と訊ねた、本当はいつも彼が退屈していることを知っている勝手な男は、熱心に可愛がるその足の指先を持ち上げ、光る爪に舌を這わせ表面を舐る。そ こでようやく揺れた夕闇色を見返して笑い、主従なぞ曖昧にするように足先にくちづけた。
「リボンズ、大人は皆咎人なのだよ」
知こそ、罪である――それは確かに心理である。しかし空気のようなお菓子を与えられても、リボンズの腹が満たされることなぞないのだ。

















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