※現代パロ注意






父親は僕らが生まれる前に死んで、母親は僕らを生んだときに死んで、僕らを引き取ってくれた親戚の父と呼ぶべき人は優しくて不器用でそれで騙されてリスト ラされて結局借金塗れになってどこかにいなくなってしまったので、母と呼ぶべき人は夜のお仕事をして全然この3LDKの畳の部屋には帰ってこないから、月 に一回口座に入ってくるお金と生活保護のお金でなんとか僕とハレルヤは暮らしている。
蛍光灯がちりちりと音を立て、点けっぱなしにしていたテレビから笑い声が起きて、僕は昨日作った味噌汁のあまりを三角ネットの中に捨てる。泥のような色が 排水溝に走って、それを僕はじっと見つめる。昨日も、一昨日も見た光景を凝視する。
黄色くなった冷たい飯を捨てる。
鮭の切り身の半分を捨てる。
残飯が、腐臭を放って不快なので、僕は換気扇に手を伸ばして、やはりそれをやめて窓を開けた。
立て付けの悪いそれがガタン、とらしかぬ音を立てて、その外の白い街灯、その下にある空白を僕は見下ろす。
当然そこには何もなくて、ただ羽虫がくるくると目を回しているだけなので、どこかで見た映画のワンシーンを僕は意味もなく憎んでみるのだけれど、そんなこ とをしても詮無いことなど承知しているので次は自分に「ばか」と呟くのだけれど、ブラウン管からの馬鹿笑いはそんなときだけ静かで空しさだけを助長する。
一匹迷い込んできた虫を握りつぶす。
小さな命は主張するように掌に茶色の染みを作って、何か可哀そうな気分になって僕はそれをそのままにしておくことにした。
ハレルヤだったら迷わずに石鹸でそれを洗い流すのだろうけど。そんなことを思えば、噂をすればなんとやらと言うのでハレルヤが帰って来る気がして、僕はハ レルヤのことを考えることに決めた。
ハレルヤの口は少し悪い。
僕だって元は同じような言葉で喋っていたはずなんだけど、神父様の真似をした僕をハレルヤは笑ったので僕はそのまま、ハレルヤは更に悪くなって未だにどっ ちも直らない。
ハレルヤの制服は少し汚い。
僕はそれを洗濯機の中に突っ込む。汚い、というよりタバコ臭い。最初はカラオケボックスの匂いが移ったのかと思ったけど、一度洗濯機の中をぐちゃぐちゃに してしまったのでタバコを吸っていることを知った。ハレルヤは勿体無いと少し怒っていたけど、吸うなら僕に言ってよ、と言ったら黙り込んでバイトに行って しまった。変な顔をしていたので僕の言葉が意外だったのが判ったのだけれど、そう言えばなんで僕はハレルヤのタバコに反対しなかったのかな、と少し自分で も不思議になったのだけれど、それは多分僕がハレルヤのことを好きだからだと思う。
そんなハレルヤの制服は最近は香水臭い。タバコの匂いの中に甘い匂いが混ざっている。
一週間前はD&Gのあの青いあれ、一昨日からはフェラガモの青いあれ。
近所のドラッグストアに並ぶ香水の列を全部嗅いでみたら判ったので小瓶に入った脱脂綿を手首に擦り付けて、匂いを嗅いだ。手を洗いながら、手首に擦り付け た匂いが落ちないように気をつけて、濡れた手を鼻まで持ち上げてまた嗅げば、ハレルヤから匂う甘い匂いが僕の手首からするので嬉しい。手首をずっと鼻に押 し当てたまま、僕は帰ってこないハレルヤのことを考える。僕に少し余所余所しくなったハレルヤのことを考える。香水の匂いをつけて帰って来るハレルヤのこ とを考える。バイト先に来るな、と言ったハレルヤの言葉を思い出す。僕の隣でマスタベーションしなくなったハレルヤについて考える。バイトが終わってもす ぐに帰ってこなくなったハレルヤについて考える。僕は手首の匂いを嗅いで、ハレルヤの口の中の味を思い出そうとする。それも全部、僕がハレルヤを好きだか らだと思う。
…机に転がった腕時計を見た。長い針は10、短い針は3の付近を示す。もうすぐ、きっと帰って来る。虫の知らせとか、よく耳にするけれどもこれが正にそれ で、こんな時間まで起きてるのは珍しいことなのでハレルヤは変に思うかもしれないから僕は布団を敷いて潜って一定の息を吐けばいいはずなのだけれど、今日 はどうにもそんな気分になれずに手首にまだ鼻を押し付けたまま僕はハレルヤが玄関の扉を開けるのをじっと座って待っている。
暫くそうしたまま待っていれば、がちゃ、と音が鳴る。ああ、帰って来た!ハレルヤ、ハレルヤ。おかえり、今日はバイトどうだったの。変な客とか、そう、こ の前話してくれたずっと店の中をぐるぐる回っている人の話でもいいよ、今日は来なかったの。そうやって聞きたい、のだけれど。僕は訊く勇気がない。
「…おかえり」
「――起きてたのか」
ハレルヤの目が開いて僕を見る。どうしてそんなに驚くの?そんなに僕の夜更かしが珍しい?それとも何か疚しいことでもあるの。何か隠したい事でもあるの?
「遅かったね。何かあったんじゃないかって心配しちゃったよ」
「…別に。大して遅くもねえだろ」
ゆっくりと、ハレルヤは部屋に入ってくる。金色の眼が伏せられて、置くの部屋に行こうとする。でもね、残念だけどまだ布団は敷いてないよ。だから逃げよう としても無駄。布団の中に入って僕から逃れようとしても駄目。タバコを買いに外に行こうとしても無駄だよ、だって、昨日買ったばかりのセブンスター見たも の。
「最近、遅いね」
ハンガーにコートを掛けていた手がぴくりと止まった。光る目が、僕を驚いて、少し恐怖して見つめる。ハレルヤは正直だね。少し笑えば、ハレルヤは我に返っ てなんだよ、と凄んで見せるのだけれどそんなの全然僕は怖くないんだよ。僕は今までハレルヤに好かれたくて何でも受け入れてきたのに、何でも我がままも理 不尽も聞いてきたのに、ね。だからごめんも言わないし、何でもないも言わないよ。
「バイト忙しい?…それとも、彼女でもできた」
言えば、ハレルヤは黙って畳の目を見つめる。僕が知ってるなんてこと、判ってるくせにそんな風に言い難そうにするなんてずるいよ。
「ね、ハレルヤ。彼女おうちに連れてきなよ」
「……は?」
「だって、僕も話してみたいし。同じ学校の子?年は?背」
「うっせえ!」
激昂して、ハレルヤは僕を見た。何で君が怒るの。ああ、怒ってるんじゃないね、怖いんだ。怖がらせてごめんね?だってさ、ハレルヤの口から聞きたいんだも の。ハレルヤに笑いかけるあの子。背が高く、黒くて長い髪が綺麗な子。化粧くさくないけど、ハレルヤのために一生懸命香水を振り掛けて、バイトが終わるの を待って、手繋がないの、て訊いて。
「ご飯は食べてきたの?」
「…食ってきた」
「そう。美味しかった?ハンバーグ」
ハレルヤのコートが、ばさりと音を立てて落ちた。僕の手首の匂いが広がる。呼吸を、する。肺いっぱいに満たされる。嬉しくて笑えば、眉間に皺を寄せたまま 目を見開いたハレルヤが、僕を白い顔で見つめるから、なんでだろう、と思って首を傾げれば口がぱくりと動くから、なんで知ってるかを訊きたいのだな、と 思って「だってあそこ位しか空いてないでしょう」と言えば、益々怪訝な顔をしてハレルヤは拳を固めて僕を睨み付ける。その眸の色にぞくぞくする。
「なんでそんな顔するのさ。何か変な事訊いた?」
「……お前、最近変だ」
「え?」
「変だ。いや、最近じゃねえ。一年ぐらい前からだ。何かおかしい」
「僕はふつ」
「普通じゃねえよ!お前、変だよ。何でそんなに俺に拘る?ほっときゃいいじゃねえか。俺達もう17だぜ?」
ばん、と壁をハレルヤは叩いた。明日隣の人と挨拶し辛いなあと思いながら、僕は息を乱すハレルヤを見た。僕を怖がってるハレルヤ。やさしいハレルヤ。ね、 ずっと前から気付いてたのになんで今まで黙ってたの?何で僕を放っておいたの。異常だってわかってるのに、何で?
「だって僕達双子だよ。家族なんて、他にいないじゃない。拘るのが普通だよ」
「そうだよ。確かに家族はお前しかいねえよ。けど、お前のは異常だ」
「何が?」
「お前の、…目が異常なんだよ!変な目で見んな、気持ち悪ぃんだよ!」
ばん、とまた壁の音。殴るなら僕にすればいいのに。
「何が気持ち悪いの?ハレルヤとセックスしたいこと?ハレルヤとキスして、手を繋いで、食事をしてお風呂に入って一緒に死ぬまで一緒に二人でいたいってこ とが、そんなに異常?」
「…ッ」
壁の音、次は弱弱しく身体がぶつかる音。少し近付けば、ハレルヤは息を呑んで僕を見る。壁に寄りかかっているから、背は同じはずなのに見下ろす事になる。
「僕はハレルヤが好きだよ。ずっと一緒にいたい」
手を伸ばした。やさしく頬を撫でるつもりで。でもそれは弾かれて、次には「出てけ」と言う絶叫。
ごめんね、ハレルヤ。同じ容なのに僕は異常なんだ。

異常に君を好きで、異常なほど好かれたいんだよ。
















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