※現代パロ注意






風が冷たくて、ああ、雨が来るな、と判る湿った空気が重々しくて、僕は四歳児のように漕いでいたブランコを止める。星など何も見えなくてつまらない色が夜 空を塗りつぶしていて、今日は確か満月だったはずなのだけれど、これじゃあ狼男だって満足に変身できやしないと余計なお世話を考えた。
こういった無駄な事をハレルヤはきっと考えないのだろう。シンプルで、嫌なものは嫌と、良いものは良いと、そうやって受け入れるのだ、彼は。僕はそんな事 出来ない。殴られたくないし、嫌われたくない。だから色々考えては現実から目を逸らすし、他人に好かれるためのあれこれを夢想し、自分が嫌になって、自分 なん て、とぐちゃぐちゃいつまでも考え続けてハレルヤに憬れるのだ。
ぎぃ、とブランコが揺れる。
僕はぶらぶらと下がる足を持て余して、目を瞑る。瞼の裏だって大して変わらないくだらない色ばかりが続く。
星が欲しい。なんでこんなときに限って、この暗い街には雲が蓋を閉めるのだろう。濁った紺色が、もやもやと胸の内に広がって、ぐちゃぐちゃの泥が更に汚れ ていくようだった。
ゆっくりと、揺れるブランコの動きが止まる。
こういったとき、よくあることだけど俯いた顔を上げれば喧嘩した相手がいて、とかそういったものがあるはずなんだけど神さまはそんなドラマなんて見ないか ら僕のところにはそういった素敵な(本当に、)奇跡など起きなくて、僕の頭に巣食う虫も何も鳴かなくて、やはり顔を上げてもハレルヤはいなかった。
立ち上がって、僕は小さな砂場へと歩き始める。ぐちゃぐちゃに荒れたそれを見ると、恐らく今日の昼間に子ども達が遊んでいった痕跡で、僕はそのでこぼこを 踏み潰して、靴の中に砂が入っているのを無視してそれを踏み潰していく。泥団子の残骸も、山の名残も、お城の廃墟も全部潰してまっ平ら。小さい頃、夕方ま で苦労して作った砂のかまくらが次の日にぐちゃぐちゃに荒らされていたのを思い出した。
きっと、今の僕があの時にやってきて潰したのだろう。ハレルヤに慰められて良かったね。僕はこんなに悪いことばかりするからハレルヤには見向きもされない し、異常だし、気持ち悪いんだって。
ハレルヤはバイト帰りで疲れてるから、もう眠ってしまったのかもしれないし、僕がこんな処にいるのなんて判らないものだから迎えにこれないのかもしれな い、とか考えてみるけどそんな都合のいい妄想など当たるためしもなく、ただ単にハレルヤは僕がこんなにもハレルヤのことが好きだという事実を受け止められ なくて困って、きっとまた例の彼女に電話をして他愛のない会話をして気を紛らわせているのだというのが妥当で、僕はその電話の様子を夢想する。
ハレルヤが、着信履歴から彼女の電話番号を呼び出してかける。
数秒もしないうちに相手が出て、どうしたの珍しいとか少し嬉しそうな声で訊いて、その声にハレルヤは眉間の皺を少し緩めてちょっとな、とタバコを一本取り 出し、フィルターを噛んで、もうなくなりそうな百円ライターをカチャカチャと点けて、彼女は何また吸ってるの、と少し怒ってそれでも心配そうに問うのだろ う。ハレルヤはうん、と少し眠そうに言って、溜息吐いて僕のことを忘れようとする。非日常という括りに入れようとする。僕はこんなにも鮮やかにハレルヤを 想像するのに、ハレルヤは僕のことを判らない。どうすれば元に戻るのかと考えて、昔の事を思い出そうとする。昔の僕が正常、だったときのことを思い出して 僕がどこからおかしくなったのかを辿るのだ。
僕はここにいる、のに、過去にハレルヤは思いを馳せて、僕ではない僕を考え、僕だったもの(正しく残骸であるそれ)を僕と摩り替えようとする。それはとて も残酷で、とても、やさしい行為だ。
平らに潰れた砂場で、僕は泣いている。
過去の自分には勝てない。
僕は汚れてしまった。僕は知ってしまった。僕は、気付いてしまった。
ハレルヤがいないことに耐えれない自分を、傍にいればいるほど、僕は僕でなくなっていくようで過去の、あの無垢な何も知らずに生きるのに必死だった僕はど んどん遠ざかっていって。
砂場でできたアスファルトは、黒く濡れる。
雨が降り始めて黒い染みが広がっていく。知識も、想いも全部元はきっとこういった雫なのだ。それが心に染みを作って、やがてどろどろに溶けて醜く、堤防を 抜けて外に流れていくのだ。
流れた僕の汚濁は、ハレルヤに向かって伸びて、今夜、彼を飲み込むのだろう。
他人事のように、そう思った。

















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