AEUのエースパイロットであるパトリック・コーラサワーはよく馬鹿馬鹿と陰口を叩かれるどころか面前と罵倒されながら殴られるくらいの馬鹿であるのだ が、自らはそれをあまり意識していない、というよりも前者には自分のありあまる魅力のための嫉妬であると認識し、後者にはその人物の照れ隠し、または愛、 と解釈をするので、どこの誰でも良いから「お前はどうしようもないくらいの馬鹿だ」と言えばいいのに、と秘かに思う人は後を絶えず、しかしそのようにくど くどと説教をし ても馬鹿が治るわけではないということは火を見るより明らかで、それに加えこの馬鹿は人の話を10秒以上黙って聞いていられない、興味のないことは3秒で 忘れるという特殊能力みたいな厄介なものを身に着けている故、結局この馬鹿に馬鹿だということを自覚させることは不可能であって、しかしこの馬鹿は馬鹿で あるが故に単純な頭のつくりをしているので複雑なことは考えられない、よく言えば裏表のない性格なのでどこか憎めず、これがなかったら本当にどうしようも ない、と誰もが危惧するパイロットとしての腕は確かであるのでなんやかんやで上手く世渡りをしていたのだったが、昨今この馬鹿は高嶺の花、若しくは女王に 恋をして、それを所構わず騒ぎ立てるので軍内部ではソレスタルビーイングの脅威に場の空気が緊張状態にあるにも係らずこの馬鹿の恋路は誰もが周知のことで あった。
その馬鹿が先程から何か廊下で騒ぎ立てているので何事かと思えば、彼の人に伝えるべく思いを馬鹿なりに作り上げ、朗読し、一人二役をこなすという進化も遂 げていてそれを秘かに見物していた者たちを驚かせるのだったが、如何せんその内容には清聴する誰もが疑問を覚えるのであった。そしてそこに都合よく、否、 待ち伏せしていたのだろう女王ことカティ・マネキン大佐が前方からやってくるものだから、そっと見守っていた人々は手に汗を握り、姿勢を正し、敬礼をしつ つも馬鹿の行く末を見守ろうとその場からすんとも動かない。
「大佐!」
「…パトリックか。ここで何をしている」
至極尤もな問いをした彼女を、この馬鹿、嘘を吐けないのか「貴女に想いを告げるべく予行練習を行っていました!」とそれは元気よく告げるので、見守る全 員が「ああ、なんて馬鹿だろう」と顔を覆い、彼女と言えば彼女で「それで?」と慣れた様子で続きを促すので、馬鹿は嬉しそうにばら色に頬を染める。
「はい!貴女から以前頂いた想い、今日と言うこの日に昇華させてください!」
「今日とは?」
「はい、極東の伝統文化にホワイトデーというものがあるのです!それで、どういったお返しが良いか考えたのですが、私のありのままの想いを大佐に受け取っ て頂きたいと思いまして!大佐、私と結婚を前提にお付き合い願えないでしょうか!一生、いえ、あの世でも幸せにすることを誓います!」
跪いたと同時に、必死に後ろ手に隠していた薔薇の花束を馬鹿が差し出した。全員がその馬鹿の懸命の告白に僅かに心が揺れた、喩え今日から一ヶ月前の日に大 佐からこの馬鹿への贈り物が何もなかったことを知っていても、それをこの馬鹿が嘆いていたということを知っていても誰もがこの一途な想いを応援せずにはい られないほどに。
「…私は、お前にプレゼントを贈った覚えはないが」
「いえ、頂きました!日々、貴女の存在そのものが私にとっては何事にも変え難い贈り物なのです!だから、」
息を吸い込んだ、誰もが息を止めたとき。
けたたましく騒ぎ始めたブザーと赤いライトの点滅、「第一種戦闘配置」のアナウンスで、赤い薔薇を差し出した馬鹿は赤い空気の中で表情を固めた。踵を返す 麗人の、コツコツと遠ざかっていく靴音を、「キッスを…」と言いながら見守る男はあまりに哀れで、同情の目線を集めたから鉄面皮とも言われるカティ・マネ キン大佐の赤くなった耳朶に気付く者はいなかった。

















inserted by FC2 system